2010年5月21日金曜日

福澤諭吉先生、渡辺辰五郎先生、そして高木学園

学校法人 高木学園は、明治41(1908)年に女性の創立者・高木 君(たかぎ きみ)先生によって創立されました。君先生は「社会で活躍できる女性、社会で信頼される女性」を育成するために、この高木学園を創立しました。

その当時、君先生は27歳。今の社会と比べると、女性の社会での活動はきわめて制限されていた時代です。にも関わらず、君先生が「全くのゼロから学校創立」という大きな事業に立ち向かって行けたのは、明治時代の偉大な思想家の教えに直接触れることができたからなのかもしれません。


先日、学校法人 渡辺学園(東京家政大学などの学校の母体)の理事長先生より、お手紙と数冊の本を頂戴しました。君先生は、両親の反対を押し切って現在の東京家政大学の前身である東京裁縫女学校に進学。そこで渡辺学園の創立者・渡辺辰五郎先生に直接教えをうけたのです。その渡辺学園の理事長先生のお手紙にはこう記載されていました。

"貴学園創立者(=君先生のことです)は、本学園(=渡辺学園さんのことです)の卒業生として、校祖・渡辺辰五郎先生に直接師事薫陶を受け、郷里に戻り教鞭を執り、数多くの子弟を育成し貴学園を今日の降盛に至らしめたことは、渡辺辰五郎先生の教えが卒業生のなかに立派に受け継がれている証でもあり、本学とのご縁を強く感じずにはいられません。"

(そして、渡辺辰五郎先生の伝記などの本を寄贈いただきました。)

東京家政大学さんのホームページには「建学の精神」として、以下のようなことが書かれています。

『本学園は、明治14年(1881年)に校祖渡辺辰五郎先生によって、封建社会から脱し、明治という新しい時代をつくるには、女性も立派に独り立ちができ、社会に貢献ができるものとしなければと考え、「女性の自主自律」を願い「新しい時代に即応した学問技芸に秀でた女性」の育成を志して創立されました。』

まさに、渡辺先生のこういった考え方に、当学園創立者・君先生が大いなる影響を受けたと感じられます。

そして、そもそも君先生が(両親に猛反対されながらも)東京裁縫女学校に通う決意をしたのは、横浜開港記念館で、福澤諭吉先生(一万円札の顔であり!慶應義塾の創立者であり、明治の偉大な思想家・学者)の講演を生(ライブ)で聞いたからです。

福澤諭吉先生は、どんな身分の人であっても、学問を身につけ、そしてそのことで社会に貢献することができるという「学問のすすめ」の著者です。

女性1人で、誰の力も借りずに学校を創立した君先生のエネルギー・パワーは、こうした明治時代の偉大な思想家 - 福澤諭吉先生、渡辺辰五郎先生からの直接の教えによって支えられていたものなのだなと感じます。

社会で活躍できる女性になること - 100年以上の時が経過したいまでも、まさに社会で求められているこの建学の精神をこれからもずっと大切に、当学園での教育を日々、充実させていきたいと思います。